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東京地方裁判所 昭和31年(ソ)93号 決定 1957年4月22日

東京都北多摩郡保谷町上保谷新田四十九番地

抗告人 岡田高光

右代理人弁護士 亀島正義

東京都武蔵野市西窪二百五十四番地

相手方 天野治国

武蔵野簡易裁判所が右当事者間の同庁昭和三十一年(サ)第一九九号執行文付与に対する異議申立事件につき昭和三十一年十一月十四日附を以てした決定に対し、抗告人から適法な即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取り消す。

本件異議の申立を却下する。

手続費用は全部相手方の負担とする。

理由

本件抗告理由の要旨は、「抗告人は相手方との間の武蔵野簡易裁判所昭和三十一年(イ)第六七号家屋明渡請求和解事件の和解調書につき、昭和三十一年十一月一日同裁判所書記官に対し執行文付与の申請をなし、同日同裁判所書記官補林部弘から執行文の付与を受けたところ、相手方から右執行文付与に対し異議の申立がなされ、同裁判所は同年十一月十四日附を以てこの異議を認容し、右執行文の付与を取り消して前記和解調書の執行正本に基く強制執行を許さない旨の決定をした。そして、その理由とするところは、抗告人は右執行文付与の申請に当り、相手方において前記和解調書の和解条項第二項に定める債務、即ち昭和三十一年十月八日以降本件係争家屋(東京都武蔵野市西荻字三谷二百五十四番地、家屋番号同所二六〇番の五、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十七坪附属物置一坪位。)の明渡済に至るまでその使用損害金として一ヶ月金九千八百円宛を毎月末日限り抗告人の住所に持参して支払うべき債務につき不履行があり、為に右和解条項第三項(ロ)の定めによつて右家屋の明渡期限が到来したことを事由としたのであるから、かかる場合裁判所書記官は民事訴訟法第五百二十条に則り裁判官の命令を得て然る後に執行文の付与をすべきであるにもかかわらず、その手続を履践せずに執行文を付与したのは違法であるというのである。しかしながら、同法第五百二十条により執行文の付与につき裁判長の命令を必要とする旨定められている同法第五百十八条第二項の場合とは、同項の規定によれば、執行がその趣旨に従い保証を立てることにかかる以外の条件にかかる場合において、債権者が証明書を以てその条件を履行したことを証するときをいうものであるところ、債務者が履行遅滞に陥つたことを口頭又は書面によつて疏明することを必要とする場合はこれに含まれないことは明らかであるから、本件におけるが如く相手方の前記債務不履行を理由として執行文の付与を求める場合には、同法第五百六十条及び第五百二十条により裁判官の命令を要するものではない。従つて原告決定は不当であるからその取消を求める。」というにある。

よつて案ずるに、本件記録によれば、抗告人主張の和解調書の正本に武蔵野簡易裁判所書記官補林部弘が抗告人の申請に基いて抗告人のため執行文を付与したのに対して、相手方より異議が申し立てられ、これに基いて原裁判所が抗告人主張のような理由によつて異議を認容する決定をしたこと及び右和解調書に記載された和解条項の要旨は、相手方が抗告人に対し昭和三十一年九月二十日抗告人主張の家屋を売り渡したことを相互に確認し、相手方は同三十二年十月二十五日限り右家屋を抗告人に明け渡すこと、相手方は抗告人に対し昭和三十一年十月八日以降右家屋明渡までの使用損害金として金九千八百円宛を毎月末日限り持参支払うこと、相手方において前記家屋明渡猶予期間中に前記使用損害金の支払を一ヶ月たりとも怠つたときは、相手方は右猶予期限の利益を失い、抗告人に対し直ちに前記家屋を明け渡さなければならないことというにあることが認められるのである。

ところで、民事訴訟法第五百六十条により裁判上の和解による強制執行に準用される同法第五百二十条及び第五百十八条第二項の規定によると、裁判上の和解による強制執行がその趣旨に従い保証を立てることにかかる場合のほか他の条件にかかる場合においては債権者が証明書を以てその条件を履行したことを証するときに限り、執行力ある正本を付与することを得べく、しかもこの場合には裁判長の命令がなければならないものとされているのであるが、民事訴訟法第五百十八条第二項の規定は、それ自体として右の点に関し債権者の立証責任の範囲を定めたものではなく、債権者において如何なる条件について立証の義務を負担すべきかは一般の原則に準拠してこれを決すべきものと解するのが相当である。本件の場合についてこれを考えるに、抗告人の相手方に対する前記家屋明渡請求権に対する義務の履行につき猶予を得ているにすぎないことは、上述した和解条項の趣旨に照らして明らかなところであるから、抗告人の相手方に対する右家屋明渡請求権が未だ履行期に到つていないという事実についての立証責任は、債権者である抗告人の負担すべきものではなく、むしろ、債務者である相手方においてかかる事項につき立証しない限り、相手方は抗告人からの明渡請求についての執行を免れ得ないものというべきである。

してみれば原決定が右と異る見解に立つて抗告人のためになされた前記執行文の付与に対する相手方の異議を認容し、前記執行文の付与を取り消したのは不当であり、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消し、相手方の異議を却下することとし、手続費用の負担につき民事訴訟法第九十六条及び第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 藤井一雄 裁判官 高野耕一)

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